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ボイトレやレッスンの事、ジャズや音楽の事、オリジナルや創作の事、猫の梅ちゃんとモモちゃんとの生活、日常の事、 ライブでは語りつくせなかった事を徒然なるままにyoutube配信して行きます。
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教えるという仕事の最大の矛盾は、
金をもらいつつ、1番勉強になってしまうのは常に教えてる側だということです。
それに気付くと、なんか、お金をもらうのも申し訳ないような気になります。
勿体無いのは月謝を払ってるのに、
その分の何かをゲットしないで平気な事です。
私は勿体無くて、
払った以上の何かを
なんとしても持って帰ろうという、
ケチ根性丸出しの浅ましい欲得を剥き出しに、
結果少しずつ変化してきたような気がします。
レッスン中はずっと声出しとダメ出しの連続。
ちがーう。ちがーう。バチンっ!
腰や腕を叩かれたりも当たり前。
金払ってこんなに罵倒されるって、
ドMだわぁと、思ってます。
まぁ、
毎回同じことを割と罵倒されてるので
払った分の何かをちゃんと得てるのかも
甚だあやしいわけですが、
もう一つの素質は
長く続ける事だと思ってます。
声をどうしたいのかという時に
学生の頃の自分を思い返すと、
それはただのコンプレックスに過ぎず、
習えばどうにかなるのかなと思っては見たものの
他人とペアを組んで腹を触り合うとか、
恥ずかしくて無理なんですけど。゚(゚´ω`゚)゚。
てな、意識の低さでした。
だけどコンプレックスがこじれ切った
30代に入るとついに、
このままでは音楽家として死ぬという恐怖で
毎日ルーティン練習5時間×365日やるという
狂気の沙汰的な練習を始め、
ついに1年後、
声が変わった実感を初めて得て
そこでさらに先生に巡り合い、
さらに声を強化してもらう年月が始まります。
それが10年経ち、途中から私も教えながら
教わるという新たなフェーズに入るのです。
そこからが本当の勉強だなぁと改めて感じてます。
教えるなんてとんでもないと、
最初は思ってましたが、
教える事は教わる事だと知ってからは
積極的にやるようになりました。
英語にしても音楽にしても
自分にとっては極限状態のモノで
やらなきゃ死ぬみたいな所にあったので
好き嫌い以前の問題でした。
そんな中、それを好きでやってる人たちに教えるにはどうしたら良いのでしょう?
好きって何?
英語は小2でアメリカに無理やり連れて行かれ、話せなければ即社会的死でした。
必死に聴きまくって2年経って、気づいたら話せるようになりました。
極限状態。
音楽は声の悪さを指摘され
このままでは音楽家として死ぬと悟り
焦って練習しまくって、今でも基本焦ってるというワケです。
英語にはピッタリの言葉があって
desparate。
このままではヤバいと思う焦燥感のようなモノだと思ってます。
上達への原動力が”そっち”の人は意外と多いと思います。
何故なら
さかなクンや、藤井聡太くんや、大谷翔平さんのように、好きが高じてあんなことになってしまった人は稀有だからニュースになるのであって、
その他の人はそれを見て、
全然違う自分を省みて、
常に焦ってる、
ってのが本当なんじゃないかと思うからです。
そういう薄暗い場所は無いか有るかで言えば
確実に有って、その中でがんじがらめになっている人は結構多い気がします。
変化は恐ろしい。
だけど焦りが勝った時、変化は必ず訪れると思ってます。
“好きじゃなければいけない”みたいな呪いの中に入っていく必要は無いのです。
その代わりちゃんと焦れば良いのです。
そしてジタバタと無駄な努力をしまくってるウチに変わるのです。
変化をする時には色んな気持ちがよぎります。
怖さ、恥ずかしさ、自己憐憫、嫌な気持ちも多いです。
だけど変わったら変わります。
周りの反応が。
そして初めてなんか少し好きかも
という気持ちも芽生えます。
それを繰り返して少しずつ変化していくのです。
先生はほんの少し前を行ってる人なだけで、
同じ螺旋の中にいる同士です。
そんな感じなんだなぁと、今は思ってます。
ぴーす。
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彼の音楽的才能は
読み書きはできないとか、知らんけど
人と目を見て話せないとか、知らんけど
人が何考えてるかよく分からない、知らんけど、
と言ったような
一般的な能力と引き換えたもののように思える。知らんけど。゚(゚´ω`゚)゚。

ジャズの理論をミニマル的に融和させ
ポップに落とし込むやり方は
私も目指すところ。
ポップに行き過ぎず、理論に振れすぎず、
ほど良きところにバランスさせるセンスが凄いんだなぁと思う。
一方、英会話で子供を見てると
本能剥き出しで、
残酷だなと思うことがよくある。
自分が痛めつけられたら
どう復讐しようか
なんて、頭がいい子は必ず、
イケイケリベンジを思いつき、
やり返したりしてる。

やったりやり返したりする。
それが子供時代。

プライドが傷つきたくないのは
老若男女に構わず平等。

だけど子供はそのバリアな在りかを基本的に知らない。だから平気で破ってくる。
それでこっ酷く叱られたりして、
次第に線引きの仕方を学ぶ。
中には発達障害的なことで
それを学ぶのがだいぶ遅れる子がいる。

それが小山田さんだったんじゃないのかな
というのが私の勝手な推論。
(何でもかんでも発達障害で片付けるなという声は聞こえる。他人事ではないと思ってるからこそである。今思えば自分もそうだったに違いないけど気付いてなかったと思うから。この人もそうなんじゃないかなと感じるわけです。)
この人の時代にはまだ発達障害への理解などなく、学校でも扱い兼ねるといった状況だったのではないか。本人さえ気付いてない。
周囲の環境が整備されてない中で、発達障害の子が野放しで、なおかつ頭が良く、プライドは高い。
と言った最悪な条件が重なった中で起きた事のような気がしてる。

まぁ、メチャクチャ推測でしかないけど。

今後、自分の状態を認知したくないと拒めば、彼にとって、生き辛い状態はマックスに高まっていく気がする。

高みまで到達する人の親が果たしてどんなふうかと考えるに、
まぁ、色々多種多様だとは思う反面、
承認しない親、
95点でも残りの5点はどうした?
というような親が思いつく。
どれだけやってもまだたりない。
そう思わされながら育つと、
承認欲求は高まり、自尊心は低まり、
悲しみの子が出来上がる。
だから
これは誰にでもあり得たことなんだと思う。
こういう祭典なんかに顔を出せるほどの人間になってしまったのも、残りの5点を追い求め続けた結果で。

表に取り上げらるまでもない
この手前の人は
世の中に溢れかえってる気がする。
一歩行きすぎればこその
度を超えたイジメであり、
一歩行きすぎればこその
オリンピック音楽担当なんだと思う。
中途半端な人はそんなところに辿り着かない。

残念ながら。(私のことだけど)

音楽は素晴らしいけど
人間はダメなんていうのは
ブルース時代も大体同じで

人殺しか薬中かアル中か強姦魔
みたいな人だらけだった。
私の時代も。

人は聖人君子で、
音楽も天国みたいな人なんて
多分1人もいない。

それが同時にありえるから
大谷翔平さんは凄いのであって。

誰もが大谷じゃないと許されない時代
なんて、逆に不健全だと思う。

これは
そうやって頑張って
出てくる人をなんとか蹴落として
気持ちよくなりたい
シャーデンフロイデ(他人の不幸は蜜の味)
本能がネット時代との相性が良すぎる
弊害のように思う。

1人の目立った人を引き摺り下ろす
というのはそもそもみんなが欲してる
大谷像とはかけ離れた行為で
その汚さは少年時代の小山田さんと
特に何も違わないとも思った。
こちらの壊れてた洗濯機が。




新しくなりました。



自宅で洗濯できる幸せをかみしめてます。
カバー買おうかな。
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プロフィール
HN:
ボンバードラミ
年齢:
49
性別:
女性
誕生日:
1974/10/01
職業:
ボイストレーナー、シンガーソングライター
趣味:
乗馬 映画鑑賞 散歩
自己紹介:
こんにちは。ボンバードラミという謎ネイムで活動して早25年。
ジャズのスイングを研究したり、声を集めて飛ばす訓練をしたり、様々な事から刺激を受けてオリジナルを作りアルバムを細々と発表してます。
この度新たな層の獲得を目指しyoutubeに改めて力を入れていこうと思います。
よろしくお願いしますm(_ _)m
P R
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